2025年9月号『備えは今から』


9月の月訓カレンダーの標語です。地震などの防災を思い浮かべる方もあるでしょう。今夏は猛暑が続き、熱中症警戒アラートも繰り返し発表されました。命を守る行動をと呼びかけられた日々。かけがえのない命ですが、やがては別れ、旅立つ時が訪れる定めがあります。
小川糸の小説『ライオンのおやつ』があります。二十九歳の女性が、瀬戸内海の小さな島にあるホスピスで残りの日々を過ごす物語です。主人公の雫は幼い頃に両親と事故で死に別れ、その後、実母の弟にあたる養父に育てられました。幸せな生活を送っていましたが、養父が結婚することになったとき、ショックを受けて家を出ます。そして癌が見つかり、余命を告げられ、世間を捨てて一人、このホスピスへとやって来たのでした。そこでは「マドンナ」と呼ばれる看護師がおり、海の見える個室で心身を満たすケアを受けながら穏やかな時を過ごしますが、やがて体は弱っていきます。
ある日、雫はマドンナに尋ねます。「私にはお迎えが来るでしょうか」マドンナは「あなたを守っている大きなエネルギーがあるから、必ずお迎えは来ます」
「それは先祖の霊のようなものですか」
マドンナは、それには答えず、「死んだらどうなるのでしょうか」
「まだ死んだことがないのでわかりません」と前置きしながら「でも、魂のようなものはずっと残るのではないでしょうか」と語ります。
ある時、雫の夢に実母が現れます。久しぶりの再会に最初は誰かわかりませんでしたが、母だと気づいた瞬間、安心が広がります。母は「必ずあなたを迎えに来るからね」と告げて去りました。いよいよというとき、養父が妹を連れて訪れます。三人で思い出のレーズンサンドを食べた後、雫は静かに旅立ちました。
余命生活を送る極限の状況でありながら、青い海と明るい光に包まれ、満たされた気持ちになる、美しい作品です。 ご存じのとおり、私たちの旅立ちの時には必ず仏さまがお迎えくださいます。そして行き先は言うまでもなく極楽浄土です。『無量寿経』の歎仏頌には次の一節があります。
十方来生 心悦清浄 已到我國 快楽安穏
極楽に生まれくる人は、悦びに満ち、心安らかにいつまでも過ごすことが約束されています。
私たちが備えるべきは、防災用品だけではありません。いかに旅立ちの時を迎えるかという一大事を忘れるわけにはいきません。南無阿弥陀仏のお念仏こそ、極楽往生を願う唯一の備えです。
この作品には「極楽」と「念仏」という言葉が一度だけ使われています。雫がアロマセラピーを受けたときの心地よさを「まるで極楽のよう」と語り、アイスクリームを食べたいと連呼することを「念仏のよう」と表現しています。もちろん作者が仏教を前提にしているわけではありません。しかし、ひたすら願う心を「念仏」といい、快い境地を「極楽」ということは、広くお念仏の教えに通じるものがあります。明るい光は、ほとけさまそのものです。
秋のお彼岸中日法要が行われます。極楽浄土への思いを馳せ、お参りください。 (住職 畑中芳隆)