2023年6月号『三心』
東北新幹線の二戸駅から車で南へ二十分ほど行くと天台寺という古刹があります。作家の瀬戸内寂聴さんが住職を務めたことのあるお寺で、境内の小高い丘の墓所に寂聴さんが眠っています。
その墓石には「愛した 書いた 祈った」と刻まれています。生前からこのお寺に自身の墓石を建てておいたのでした。昨年の秋、晩年を過ごした京都嵐山からここに納骨されました。
寂聴さんといえば恋多き女性、その後出家して僧侶となり、法話で人を励まし、最期まで書き続けた方として有名です。「愛した 書いた 祈った」の墓碑銘は彼女そのものです。決して便利な所ではありませんが寂聴さんのお墓に詣でる人は絶えないようです。
お檀家さんの最期のご様子をお聞きする機会があります。病床からご血縁の方に「ありがとう」「すまないね」という言葉を何度も繰り返し口に出される方もおられます。そんなお気持ちがナムアミダブツとお念仏となって声に出てくることは大変尊いことです。
法然上人はお念仏申す心得として次の三心を揚げておられます。
1 至誠心=嘘偽りのない素直な心
ありがとうという感謝の気持ちに通じます。
2 深心=こんな私でも救われるという心
すみませんという反省の気持ちに通じます
3 回向発願心=今までの善行に期待する心
よろしくお願いしますに通じます。
不思議なことに最期に仏さまの来迎を願う方々の口をつく「ありがとう すまないね よろしくね」ということばはそれがそのまま、お念仏に込められていたのでした。私たちの生死の営みはお念仏と共にあります。
とりわけ有難いのが「これからもよろしく」という期待です。今あるこの世の次には必ず仏さまによって極楽浄土に迎えられる。住む世界は違えども私たちの想いは繋がります。
寂聴さんの墓所は他の方々のお墓と並んでいますが、その一角に「今日は来てくれてありがとう」と刻まれた墓石があります。登ってきた疲れが癒されるようです。
当山でも永代供養墓を設置し個別の墓石を建てていただいています。そこには様々な言葉が刻まれています。お参りすると温かな想いが伝わってきます。同様にみなさま方がお墓に詣でるときも、大切な方々の声なき声が聞こえるかのように存じます。
年に一度のお盆が近づいてまいりました。大切な方々がみなさま方のもとにお帰りになる季節です。どうぞお迎えの準備をいたしましょう。